「将来は独立したい。でも、ゼロから店をつくるのは不安――」
「多店舗展開に踏み切るタイミングは?」
将来自分の店を持ちたいと考えている皆さんの中には、そんな気持ちを抱えている方も多いのではないでしょうか。
今回は、大阪市内で5店舗を展開する飲食店オーナーに、独立や多店舗経営を進めるうえでのヒントについてお話を伺いました。
【株式会社弥栄フードサービス】
代表取締役社長 酒井貴史 氏
和食の星付き店などで修業を重ね、2011年に独立。現在は業態の異なる5店舗を運営し、これまでに同社から8名が独立。現在は「店舗譲渡型独立(のれん分け)」の仕組みづくりも計画しています。
アンテナを張り、チャンスをつかんで独立
私が独立を決意したのは、調理専門学校の先生に「良い居抜き物件がある」と紹介していただいたのがきっかけでした。特別な準備をしていたわけではありませんが、話をもらったときに「やってみようか」と思えたのは、良い情報があればキャッチできるようにと、普段からアンテナを張っていたからだと思います。
独立当初は、“フランチャイズ展開を目指す会社にしたい”と考えていました。でも実際に自分で料理をして、お客様の「美味しい」という声を直接聞けるのが嬉しくて、自然と「お客様との距離感」を大切にする店を作りたいと思うようになりました。
多店舗展開のきっかけは「人」。そして今は「場所」が鍵に
出店を考えるとき、人材と収益の見通しは欠かせない要素です。実際、これまでの展開を振り返ってみると、はじめの動機は「人」がいたから。信頼できる仲間や後輩が「一緒にやりたい」と集ってくれて、「それなら新しい店をつくろう」という流れで店舗が増えていきました。
その後、経験を積むにつれて強く意識するようになったのは、「物件の力」です。どれだけ料理に自信があっても、人が集まらなければ意味がありません。今は、他の要件に優先して、良い物件との出会いがあればまず動く、というスタンスをとっています。「この場所なら、どんな業態が一番活きるか」を考え、形にしていくので、物件との出会いが新しい挑戦のきっかけにもなっています。
人材も立地も、どちらも大切。何を軸に判断するかは、その時々の状況によって変わってくるのだと思います。そうした柔軟な視点を持てるかどうかが、多店舗展開の成功を左右するのではないでしょうか。
独立後は要注意!「とにかく料理が好き」の落とし穴
独立してから感じたことのひとつに、「もっと早くから情報を集めておけばよかったかな」という思いがあります。料理が好きでこの道に入ったので、当時はとにかく目の前の調理やお店づくりに夢中でした。でも今振り返ると、経営や組織づくりの知識、異業種の仕組み、他のやり方に目を向けることも、同じくらい大切だったと感じています。
たとえば、フランチャイズに一度加盟して、その仕組みやノウハウを学ぶという選択肢もあったのではないかと思っています。経営という広い視点で見れば、自分の中にある世界だけで完結せず、もっと外へ意識を向けることで、経営の全体像をより早く、深く理解できたかもしれません。
だからこそ、料理人として独立を目指す皆さんには、今いる環境にとどまらず、意識的に視野を広げ、将来の選択肢を増やす努力をしてほしいと思います。
「ゼロから」だけが独立の形ではない。多店舗経営にも、“人”や“場所”との出会いから始まるリアルな道筋がある――。それが私の実感です。
学生のみなさんへのメッセージ
私自身、料理が好きで独立起業したからこそ、同じ志を持つ若い人たちを応援したいという気持ちは、人一倍強いと自負しています。
当社では、仕入れや店舗運営など、各店舗にかなりの裁量を与えており、一人一人が“自分の店”という意識を持って働ける環境づくりを大切にしています。これまでに当社から独立開業した社員は8人。今後は「店舗譲渡型独立(のれん分け)」の仕組みを整え、ゼロからの開業に比べてリスクを抑えながら、自分の店を持てる選択肢も用意していく予定です。
もちろん、大切な仲間が巣立っていくのは、正直なところ少し寂しさもあります。でも、それ以上に、「ここで経験を積んだから一歩踏み出せた」と言ってもらえることが、何よりもうれしい。当社が、皆さんにとって将来につながる「学びと挑戦の場」になれたら、こんなに嬉しいことはありません。興味を持っていただけたら、ぜひ一度、現場の空気を感じに来てください。