「建築設計」と聞くと、建物の外観や内部のデザインを決める仕事のイメージが強いですが、実際には多くの仕事があります。
今回はその中で、「意匠設計」の仕事の実態や求められるスキル、また、設計の基礎を学ぶ機会となる「トイレの設計」に焦点を当て、「意匠設計」の奥深さをお伝えします。
お話を伺ったのは……
【有限会社新和建築設計事務所】
1977年創業、約半世紀にわたりスーパーゼネコンや大手組織設計事務所※の設計パートナーとして、多種多様な物件(非住宅)の意匠設計に携わっています。
※組織設計事務所… 大規模な建築プロジェクトの設計を専門に行う事務所。意匠・構造・設備など各分野の専門家が在籍し、おもに基本計画から実施設計までを手がける。
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(左)代表取締役 小川 智大 氏 (右)設計部 吉村 竜生 さん
“建築設計の主な分類”
まずは、建築設計の主な分類について紹介します。
大きく3つに分類されます。
・意匠設計:建物のデザインや使い勝手を考え、構造・設備を含めた全体を統合する。
・構造設計:建物を支える骨組みを設計し、強度や耐震性を確保する。
・設備設計:電気・空調・給排水などのインフラを計画し、快適で機能的な空間を作る。
また、積算(工事費用の算出)や、ランドスケープ設計(外構計画)などの専門職も存在し、各分野が連携することで建物の設計は完成します。
“意匠設計の流れと役割分担”
意匠設計は、建築設計の「顔」とも言える分野です。建物の美しさや使いやすさを考えながら、構造・設備のバランスを取り、法令に則り、安全で最適な設計を行います。
「意匠設計=デザイン」というイメージを持つ方も多いと思いますが、意匠設計はデザインだけでなく、構造・設備設計者と協議を重ね、建物全体の規模・グレード・コンセプト等の方向性を決めていく大きな役割を担っています。
① 基本計画・基本設計
基本計画とは、施主の要望を聞きながら建物の大まかな方向性を決める段階です。建築家や組織設計事務所、ゼネコン設計部の意匠設計者が担当することが多いです。例えば、「この建物はこういうコンセプトで、こんな用途で使われる」といった、大枠の計画を立てます。その計画を予算内で成立させ建築基準法に適合させるプロセスが基本設計です。
② 実施設計(詳細設計)
実施設計とは、基本設計に基づいて建築を施工するための設計図書を作成する業務です。構造設計・設備設計と調整しながら、法令や施工性を考慮し、詳細に設計を進めます。基本設計を「建物の青写真」とするなら、実施設計は「実際に工事ができる設計図」に仕上げるプロセスです。作成した実施設計図で工事費を算出します。
③ 生産設計(施工図の作成)
実施設計図をもとに、より詳細で具体的な施工方法や、納まり(構造部材の接合ディティール等)を明示する「施工図」を作成します。現場の職人さんたちが、実際の工事を進めるために必要な図面です。
一口に「設計」と言っても、建築用途、業務の種類、どのプロセスでの仕事か等で、求められるスキルは異なり、とても業務領域が広いです。そして、どの領域の意匠設計者も、それぞれの専門知識と経験が非常に重要です。加えて、建築全体を俯瞰して調整する視点と決断力が求められます。
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“意匠設計のスキルを磨く登竜門──トイレの設計(設計できて半人前!?) ”
意匠設計の基本としてまず任されることの多い案件が「トイレの設計」です。大きな建築物には必ずあるトイレ。建物全体に占める面積も小さく設計は簡単に思えるかもしれませんが、単なる設備配置ではなく、多くの要素を考慮しなければなりません。例えば、以下のようなポイントがあります。
・利用者の設定:建築物の用途によって求められるトイレの機能やグレードを決定
・デザイン:誰もが使いやすく、安全で快適なデザイン(ブースや通路寸法等)
・動線・視線の配慮:利用者がスムーズに出入りできる配置や視線の計画
・法令の遵守:衛生機器の設置基準やバリアフリー対応
・衛生面の工夫:内装材、機器の選定やメンテナンス性の考慮
・施工・維持管理:上下階の配管状態や構造との整合性、修理や改修時の考慮
トイレの設計を経験すると、建築設計全体の重要ポイントを理解しやすくなり、スキル向上につながります。若手設計者にとって、トイレの設計は単なる「部分的な業務」ではなく、意匠設計の本質を理解し、設計者として成長するための貴重な経験なのです。
“スキルの磨き方とキャリア形成”
【20代:幅広い経験を積む】
・さまざまなプロジェクトに携わり、設計や施工の基本を学ぶ
・興味を広げ、“自分に向いていること”を知るのが20代
【30代:専門性を確立する】
・クライアント対応や調整業務の応用力を磨く
・"自分が求められること"を知り、その分野のスキルを磨くのが30代
【40代以降:総合力を磨く】
・若手を指導しながらプロジェクトをまとめる
・設計だけでなく、経営やマネジメントにも視野を広げるのが40代以降
建築設計のスキルは、一朝一夕で身につくものではありません。特に意匠設計は、毎回異なる条件の案件を手掛けるケースがほとんどなので、案件ごとに発生する多くの問題を一つひとつクリアにしていく経験の積み重ねが成長につながります。
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“設計者を目指すみなさんへ”
最後に、設計者として成長し、活躍するためのメッセージをいただきました。
「言われたことをやるだけでは不十分で、“考える力”を養うことが大切です。なぜこの設計になったのか? この法令はどのような背景から生まれたのか? 疑問を持ち、考え、調べる習慣を身につけた人と、身につけなかった人では、成長スピードに大きな差が出ます。そして、いかに技術があっても、人との繋がりなしに仕事は成り立ちません。『この人と仕事をしたい』と思われる信頼関係を築くことが、次のチャンスにつながります。この二つを大切に、長く活躍できる設計者を目指してほしいです」(小川社長)
「私自身、はじめはデザイン的な設計に憧れてこの世界に入りましたが、経験を積む中、イメージだけを描くよりも、コツコツと根拠を積み上げていく方が性に合っている、と思うようになりました。実務は細かくて難しく感じることも多いですが、自分が携わったものが形になるととてもやりがいがあります。一緒に設計者として成長していきましょう」(吉村さん)
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