少子高齢化が進む中、建設業界では若手人材の確保と定着が大きな課題になっています。建設業界で働く人のうち約3割が55歳以上なのに対し、29歳以下はわずか11.7%。高齢化が進む一方で、若い世代の採用や育成が思うように進んでいないのが現状です。
出典:国土交通省「建設業を巡る現状と課題」(令和4年調査)
そんな中、この課題に真正面から取り組み、社員全員で「新人が安心して成長できる環境づくり」を実践している建設会社があります。今回は現場に潜入し、実際に行われている育成の取り組みと、社員たちのリアルな声を取材しました。
コボリ建設株式会社(本社所在地:大阪府大阪市)
1982年に創業し、「建物のかかりつけ医」として、ピンポイントでの改修から大規模な修繕工事まで対応する建設会社。
豊富な現場経験と丁寧な対応力を強みとし、建物の状態や課題に合わせた最適な工事を提案しています。
近年は、若手人材の育成にも力を入れ、次の時代を担う現場づくりに本気で取り組んでいます。
入社3年目までの育成プランを全員で考えるプログラム
コボリ建設では、新入社員が安心して仕事を覚え、長く働き続けられる職場づくりを目指して、社員全員で「育成の道すじ」を考えるプログラムを実施しました。(ワークショップ企画:株式会社グッドニュース)
このプログラムは、全2日間にわたって行われる研修形式。初日は、現場で起こりがちな「新人の失敗」を一人ひとりが書き出し、それを全員で共有します。「報告のタイミングを逃した」「職人さんとのコミュニケーションが難しかった」など、リアルな声をもとに似た失敗をグループ分けし、どうすれば防げるのかを全員で考えていました。
ポイントはベテランの教育担当から入社3年未満の若手までそれぞれの視点で出し合うこと。これにより、それぞれの視点からさらに学びを深めるワークショップとなっています。
2日目は、さらに一歩踏み込み、入社から3年目までの具体的な育成プランを作成。施工管理技術や、安全管理技術、コミュニケーションといった項目ごとに育成ステップと必要なスキル・知識、現場での実習を全員で項目出しをします。さらに教育側がこの育成を進めるにあたっての必要な言動も合わせて出し合っていきました。
こうした取り組みは、単にマニュアルを作ることが目的ではありません。新人も先輩も安心して育成に向き合い、これから入社してくる仲間を全員で育てるという目的をを全員で共有できることになります。
「育てることで自分も会社も強くなる」ーー社長が本気で人材育成に向き合う理由
「人を雇っても、なかなか定着しない」ーーそんな悩みを抱えたことが、今回の研修を始めたきっかけだったと、社長は振り返ります。
小堀社長
「以前は、単発の派遣社員に頼ることが多く、正直、その場しのぎの対応になってしまうことが多かったんです。でも、正社員としてしっかり育てれば、その分、会社の力になると実感しました。人材育成について真剣に考えるようになったのは、その頃からですね」
現場を動かすには即戦力が必要な場面も多く、育成には時間と労力がかかります。それでも、コボリ建設では人を育てることこそが、会社の土台を強くするという考えのもと、マニュアル整備や研修プログラムの見直しを進めてきました。
小堀社長
「確かに、育成期間はマイナスかもしれません。でも、ちゃんと教えれば、会社の力となっていずれ必ず返ってきます。長い目で見れば、会社にとってはそれが一番のプラスなんです」
とはいえ、「自分でやった方が早い」と思ってしまう瞬間もあったと振り返っています。そんな中でも、後輩に任せることの大切さを、日々実感しているといいます。
小堀社長
「最初は確実に仕事を進めたいので、なかなか育成にチャレンジできませんでした。でも一度任せてみると、『案外いけるな』と思えたんです。その成功体験を積んでもらうためにも、教える側が意識を変えなきゃいけません。具体的には、ただ指示を出すだけじゃなくて相手に合わせて伝え方を工夫すること、最初は少し時間がかかっても任せてみることなどですね。その積み重ねが、新人を育てることにつながると思っています。最近では、ベテラン社員が自然と後輩に声をかけてくれるシーンを見かけることが増えてきました。もっとそういう場面が増えて、社員同士が自然に育成に関わっていけるようになれば嬉しいですね。『私があれこれ言わなくても、みんなが自然と育成に関わってくれる』そういう会社にしたいと思っています」
「育てることで自分も会社も強くなる」という言葉通り、コボリ建設では社員全員が育ち合える職場づくりが、着実に進んでいます。
育成される新人の気持ちを理解し、育ちやすい環境へ
どんなに研修制度を整えても、教える側が新人の気持ちを理解できなければ、スムーズな育成にはつながりません。新人育成について考える研修を通じて、改めて「教える側のあり方」を見つめ直した社員も多かったようです。
今城さん(入社3年目・施工管理)
「今回の研修では、自分が新人の頃に経験した失敗と重なる話がたくさんありました。『自分もこうしよう』と思えることや、『こんな失敗もあるんだ』と気づける良い機会になりました。新人がつまずきやすいポイントが明確になったことで、自分が教える側に回った際に『どこをサポートすればいいのか』が見えやすくなったと感じています」
東原さん(入社1年目・施工管理)
「研修では自分の過去の失敗を思い出し、『こうやって対処すれば良かったのか』と学びがありました。実際に働き始めてまだ8ヶ月ほどですが、分からないことや戸惑う場面もあります。だからこそ、こういう研修は、ただ振り返るだけじゃなくて、次にどう活かすかを考える良い機会になると思いました。この会社は、先輩との距離が近くて、質問しやすい雰囲気があります。自分自身、その環境に何度も助けられました。だから今度は、自分が「話しかけやすい先輩」になって、新人が困ったときにすぐ相談できるような存在を目指していきたいです」
研修を通じて、教える側の意識が高まっただけでなく、若手の成長に対する期待の声も上がっています。ベテラン社員の矢野さん、建設業での経験が豊富で育成面にも期待されて入社した澤野さんは、若手の成長に関してこう語ります。
矢野さん(入社12年目・施工管理)
「まずは、挨拶がきちんとできること。職場でも現場でも、きちんと挨拶ができれば、職人さんとも自然と良い関係が築けますし、現場の空気に馴染むのも早い。結局のところ、当たり前のことを当たり前にできるかどうかが、社会人としてのスタートだと思っています。そのためにも、まずは自分が手本になる姿勢を心がけています。これから教える立場に回る社員にも、指導だけでなく、『自分の姿勢や行動でこうあるべきだ』と伝えられるようになってほしいですね」
澤野さん(入社1年目・施工管理)
「若手には『考えて行動する力』を身につけてほしいですね。自分で考え動けるようになると、仕事がどんどん楽しくなっていくし、責任感も自然と芽生えます。だからこそ、教える側も答えを与えるだけじゃなく、どう考えればいいかを伝えることが大切だと感じています。ただ、『考えてから質問してこい』と言ってしまうと、どうしてもキツく聞こえてしまうので、私はよく『まずは先輩をよく見て、考えて、自分なりの答えを出してごらん』と、Lookして、Thinkして、Answerしてね、と柔らかく伝えるようにしています(笑)」
経験も立場も違う社員たちが、それぞれの視点で「どうすれば新人が安心して成長できるのか」を考え、実践しようとしているコボリ建設。若手を育てることは、教える側自身の成長にもつながり、現場全体の雰囲気を良くしていく——そんな意識が、少しずつ職場に浸透し始めていました。