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2023/05/24 01:55 投稿

魚を捌くスピードに驚愕

私が料理に興味を持ち始めたのは高校生のとき。料理好きな友人に影響を受け、この道を志すようになりました。専門学校に進学したのちは、和食店への就職を志望。六盛には職場から至近距離に寮があり、(早起きが苦手な自分でも心配なく頑張れる!)と直感したことが、率直な入社の決め手です。入社してまず驚いたのは、魚を捌く先輩たちの手際のよさ。とにかく早かった!あの時の衝撃は、今なお強烈な記憶として忘れることができません。
また、私は先輩と同部屋だったので、仕事だけでなく生活面でもいろんなことを教えていただきました。気遣いやマナーなど、寮生活の中で身につけたことは、今も役に立っています。

2023/05/30 14:26 投稿

大将の人柄と手桶弁当

高校時代、アルバイト先の飲食店で、はじめてお客様に提供する料理を手がけた時のこと。空になって返ってきたお皿を見た瞬間、何とも言えない喜びを感じたことが、料理の道に進むきっかけとなりました。和食を学びたかったので京都で就職先を探していたところ、先生から六盛を紹介していただき面接へ。大将の人柄の良さと、てをけ弁当に入っていた焼き魚(鰆)のおいしさが印象に残り、ここで頑張りたいと入社を決意しました。故郷を離れてスタートした社会人生活はとにかく不安でいっぱいでしたが、共に寮生活を送る同期の存在、想像以上にアットホームな職場の雰囲気に支えられ、乗り切ることができたと思っています。

大きな出会い

僕が調理の世界に飛び込んだのは本当に偶然でした。スポーツ一筋の生活を高校生まで送っていたのですが、大学に入学するタイミングで大怪我をし、結局スポーツ推薦が破断になったんですよ。ずっとスポーツ一筋で過ごしていたので、いざそれを失うと人生の目標もなくなりますよね。
これからの人生をどうしようかなと思って色々な先輩に相談してみました。そしたら「ホテルのサービスでもして、色々な業種の人と携わって色々な価値観を吸収したらやりたいことが見つかるかもしれないよ」とアドバイスをもらって働き始めたのが始まりです。

フランス料理の魅力

1日目、働き出すと目の前に衝撃が。話には聞いてましたが初めてフランス料理や真っ白なコックコートを着たシェフを目の当たりにしてかっこよさに圧倒されました。「僕がやりたいことはこれだ!」直感的にビビッと来たものがあり、すぐ責任者の方にここで働かせてくださいと直談判。突然そんなことを言うのでかなり驚かれましたが、無事にアルバイトとして採用してもらい、そこから僕の料理の世界がスタートしました。

この世界で上り詰めるためには

包丁も握ったこともない、道具の名前もわからない状況でひとまず働きだします。しばらくすると専門学校卒の新入社員が入社してきますよね。同じ年代なのにみんな包丁の技術だとか一定の知識があるじゃないですか。この人達に勝つにはしっかりと料理の技術を学ばないといけないなと働いたお金で専門学校に入学しました。卒業後は憧れのフランスに行きたいなと。どうせやるならこの世界のトップになりたいという思いを持ってこの世界に飛び込んだわけですよね。高校時代の知人もプロの世界で活躍していることもあり、負けたくない、大きくなりたいなという思いがより湧き出てきました。

海外で働くことの難しさ

いざフランスに行こうと決意しましたが、伝手でようやくオランダで働ける機会を得ました。でもどうしてもフランスで働きたい夢を諦められず、休みをまとめて取って、夜行バスでそのままパリへ向かう日々。各レストランを回って働き口を探すもやっぱり就職先が見つからず苦戦しました。言葉も分からず「ここで働かせてください」と手に書いて周ったこともあります。
そんな中でもフランスに行く際に日本人のコミュニティでは働かないと決めていたので、そこに頼ることはまったくなかったです。休日は高級レストランの従業員入り口を観察して働く人やどんな食材を使っているか、どんな業者が入っているか研究する日々でした。

努力が実を結ぶ瞬間

そうこうしているうちにチャンスが降りてきます。フランスの地方の三ツ星有名店がパリに支店を出すことになって、そこで働く機会を手に入れました。そこのシェフは日本人と働くことが初めてで、「日本人ってこんなによく働くんだ」と気に入ってもらいました。そこでしばらく働いて副料理長にもなり、次のステップへ。シェフへ相談すると三ツ星ホテルに知り合いがいるから紹介してくれると。「明日面接があるから」と、そのまま次の月に入社することになったのがいわゆるラグジュアリーの世界への入り口でした。
その後は有名店から有名店へ、共に仕事している仲間と一緒に移籍したこともありました。

日本へ戻るきっかけ

フランスでの最後は超名門ホテルのNo.2でした。そこは世界中の料理人の憧れの場所で、毎週とんでもないような数の履歴書が届くような場所です。でも、No.1はフランス人しかなれないんですよ。自分のメニューはシェフのメニューとして発表されてしまう。僕の代わりなんて何人もいるんですよね。そんなところに複雑な気持ちはありました。その頃は世界中のレストランから引き抜きの誘いは受けており、そのうちの1つがここです。最終的に入社を決意したのは、なにもないところからその超名門ホテルのようなラグジュアリーブランドを作ること。すごく悩みましたが、自分の経験を活かすチャンスがある場所でチャレンジしようと考えたからです

なにを後世に伝えていくか

いざ日本に帰国し、開業準備でそのまま企画室に入りました。ゼロからのスタートで、レストランの内装や演出、料理の考案はもちろん、食器や社員の教育など立ち上げに必要な仕事は何でもやりました。
現在ではフランスで修行したシェフは何万人もいると思います。その中で自分の経験をどういうふうにこのホテルで発揮していくか、それを後世に引き継いでより良いものにしていくかがこの挑戦の目的なので、これからの行動がいちばん大切なんだと気を引き締めながら日々過ごしています。

世界をつなぐ縁

パリで働いていた頃、ある1人の御婦人が食事に来られ、お食事のお手伝いをしていました。お話を聞くと、2年前に旦那様に先立たれ、久しぶりに1人で旅行に来たと仰られます。なんだか寂しそうだと感じ、ディナーと朝食をご一緒させて貰いました。
日本に戻ってしばらく、ランチの予約をされたグループの中にどこか見覚えのある顔があり、サービスから呼ばれてご挨拶するとあの時の御婦人が当時、僕が渡した名前と住所が書いた紙を持っている。その方は京都に元々住んでいて、フランスで修行したシェフがいるホテルが新しくできたからとわざわざ調べてお越しになったとのことでした。
世界を跨いで縁が繋がったことに感激しましたね。

より高みへ

他にもフランス時代から贔屓にしていただいているお客様がいらっしゃったりもしますし、そんな方とお会いするたびにこのホテルも超名門に早くしたいなという思いが強くなりますね。ここで働きたいという人が大勢来てもらいたいです。そのために個人的に料理の世界的コンクールの日本代表に挑戦しているんですよ。指導面では1人でも多く世界で活躍できる料理人を作ることが僕の目標です。そういった形でレベルを上げていきたいと思ってます。

チームビルディングの大切さ

料理は1人ではできないとフランスで嫌ほど痛感しました。自分たちの組織だけでなく、生産者さんや食器を作る人など様々な人が関わっているからこそ力を発揮できる。そういうことを常に意識してチームビルディングは行っています。
一人一人のモチベーションは必ず違ってきますし、そこを把握することでどんな心境で働いているのかを理解してあげて働きやすい環境を作ってあげることはシェフの仕事で実力なんです。僕の中では料理を作ることと同じぐらいそこを大事にしていますよ。

人間形成の大切さ

今はただ単にフレンチだったらフレンチを作っているだけではだめなんです。
料理のジャンルがほとんどなくなってきている今だからこそ、個人がどんな知識や考えを持っているかが勝負を分けます。
ここで働いている子にはただ単に料理を学んでもらうだけでなく、社会を生きていくにはパーソナルな部分を大切にしないと先がないよと。人間形成の部分は大切にしています。それと並行して「職場に来る楽しさ」であったり、「料理を作る楽しさ」や「ゲストに美味しいと言ってもらえる楽しさ」を感じてもらえるようなことも意識して大切にしています。

挑戦して失敗したことは財産

料理を取り巻く環境は目まぐるしく変わってます。そういう変化についていける人や色々なことに挑戦できる人になって欲しいですし、何事にも挑戦する人がこの仕事に向いているんじゃないでしょうか。怒られないようにと萎縮しながら仕事をするのではなく、積極性を持たないと上には行けないよと指導もしてます。挑戦して失敗したことに対しては全然怒りません。他の職場よりも色々なことに挑戦させていますし、若手はその分責任を追いながら仕事をしています。その上のシェフには彼らが成長していけるようにその過程をしっかりと見て指導しなさいよと言ってます。

料理の世界を目指す方へ

この世界には可能性しか無いと思ってます。
自分がサービスのアルバイトからフランスの大統領にまで料理を提供できるようになったように誰にでも平等に活躍できるチャンスがあります。フランスでは子育てしながら三つ星を取っている女性シェフもいるんですよ。自分はこうだからと決めつけるのではなく、今これからどうしていくかを考えることで楽しい世界が待っています。だから現状の状況にとどまるのではなく、色々なことに挑戦して、世界で活躍できるような料理人やサービスのスタッフになってもらいたいな、そういう人に出てきてもらいたいなと思ってます。

2023/05/23 13:22 投稿

現在の仕事内容とバックグラウンド

♢現在の仕事内♢
ユニオンスクエアトウキョウで主に前菜やデザートなどのコールドプレートを担当しています。

♢バックグラウンド♢
学生の頃からレストランのシェフに淡い憧れがあり、自然と進路は調理師学校を選んでいました。興味のあった製菓はもちろん、調理の基礎から勉強したいと思い、2つの専科を卒業後、新卒としてワンダーテーブルに入社しました。入社前見学で、ユニオンスクエアを訪れてから、料理、雰囲気に圧倒され、念願かなっての配属です。

2023/05/23 13:02 投稿

フィレンツェに渡りイタリア料理を学びました

辻調理師専門学校を卒業し、最初に就職したのはアルバイト先であったイタリア料理店でした。
父がフランス料理屋を営んでいたこともありフランス料理を専攻しましたが「素材を活かす味付」のイタリア料理の方が肌に合い、イタリア料理の道に進みました。

日本で5年間就業した後イタリアのフィレンツェに渡り、アテも無い状態で自分でお店を探し無給で修業させてもらったんです。
一流の料理店ほど、料理の味だけでなく、サービスやホスピタリティを大切にするということを学び、
帰国した今でも、僕のお店ではお客様に合わせたサービスや、気遣い心遣いを大切にするよう指導をしています。

お菓子作りで調理の楽しさを知る

中学生の頃、男子の間でお菓子作りが流行った時期がありました。簡単に作れるスイートポテトを作って、クラスのみんなに配っていました。その時のみんなの笑顔や感想を聞いたりするのが楽しくて、段々と自分の中の料理熱が高まっていきました。そのタイミングで自分は調理の道に進みたいと思って、専門学校への進学を決めましたね。

新しい環境での大きな一歩

専門学校では製菓ではなく調理を選択し、フランス料理とイタリア料理を学んでいました。僕が就職活動をしていたタイミングはコロナ禍の真っ只中で、自分が希望していた企業も募集を取りやめている状況でかなり苦労したことを覚えています。中々就活がうまくいかず悩んでいたときに、先生から二条城の前に新しいホテルができるから行ってみないかというお声がけをいただき、一から作り上げることができる環境に魅力を感じたため、一社に絞って選考を受けることにしました。

イメージとは違う料理の世界

調理師の世界は厳しいというイメージが強く、一年目は皿洗いなどの雑用が多いのかなと覚悟してこの世界に飛び込みましたが、良い意味でその期待が裏切られました。とにかく様々なことにチャレンジさせてくれる環境が揃っているのと、仕事のレパートリーが多いので、成⻑スピードも早いのかなと同世代の友人と話していても思います。特にオムレツを早く巻く技術が向上したことが、入社してから1番成⻑を実感しています。そこに至るまでに会社でも家でも練習しました。先輩からもアドバイスを頂いたりもしましたし、みんなでフォローしあって成⻑していくような場で働くことができるのは幸せです。