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2023/05/24 17:40 投稿

現在の仕事内容とバックグラウンド

♢現在の仕事内容♢
ユニオンスクエアトウキョウでホール業務を担当しています。接客、サービスはもちろん、発注業務や新人の育成まで、1年目から幅広くお店の運営に携わっています。
ただ、僕の1番の仕事は、仲間もお客様も楽しい一日になるように、元気で過ごすことだと思っています!

♢バックグラウンド♢
もともと製菓にも興味があり、調理の専門学校に通っていました。ところが、その時にアルバイトをしていたしゃぶしゃぶ店で、衝撃的な出会いを果たします。今でも師であり、姉御であり、相談相手でもある先輩と出会い、僕もサービスを極めてみたいと思うようになりました。

2023/05/24 12:35 投稿

このお店でよかった理由

まずはやっぱり技術がすごいと思います。作業も早いしキレイ。もちろん味もおいしいです。プリンスメロンを使った季節限定の名物商品で「プリンス」という商品があるんですが、今はそれを作るときが一番楽しい。全工程を数人のチームワークで作っていくんです。また、忙しいときに接客をすることがあるんですが、パートさんたちの言葉遣いや気遣い、包装の速さなど、接客技術もすごいなあと思います。店長からは「挨拶」「大きい声」をするように言われました。最初は緊張していて難しかったのですが意識して頑張っています。仕事がわからなくてもできることなので、学生さんもぜひ頑張ってほしいです。

2023/05/24 12:34 投稿

入社1ヶ月の奮闘記

今は、引越しの際は不動産屋さんも紹介していただきましたが、事情があって電車で10分程度離れた場所に住んでいます。8時半に出社し17時半に退社するので、帰宅後は料理など家事をしていますね。買い物は休日にしています。
入社してからは、包装やデコレーション、ケーキのカット、接客を経験しました。1ヶ月経って飾る手順は理解したのですが、作業が遅いのが課題。15個のケーキを飾るとすると、社長と私では10分以上差が出ると思います。学生時代はお菓子を作るのが楽しいという気持ちだけだったので、もう少し練習しておけばよかったと思うことも。もっと速くできるようになることが目標です。

2023/05/24 12:33 投稿

憧れのパティシエに

小さい頃から、ケーキ屋さんに行くときは特別感があって、パティシエさんがキラキラして見えていました。他の職業に憧れることもあったのですが、やっぱりケーキが作りたいと製菓を学べる高校へ進学しました。
高校では洋菓子、和菓子、パンを一通り学びました。和菓子と迷いましたが小さい頃の憧れが強かったので洋菓子店を希望しました。親戚が大阪にいて当社のことは前から知っていたんです。求人サイトで偶然見つけて、掲載していたショコラベリータルトの写真がきれいだったので、応募しました(笑) 面接時はインターンもしたんですよ。イチゴ切ったり包装したりと、実際に経験させてもらいました。

2023/05/24 09:33 投稿

日本料理の奥深さ

晩ごはんを母親の代わりに作るなど、気づいたら包丁を握っていたぐらい料理が身近なものとしてありました。高校を卒業する前に将来を迷った時期があるのですが、手に職をつけるといいかなと思い、調理専門学校へ入学し料理の道へ進むことになりました。
現在は日本料理の調理師をやっていますが、在学中は中華料理の迫力にかっこよさを感じ、どちらの道へ進もうか悩んだ時期も。最終的に味の繊細さや奥深さの世界に魅せられて日本料理を志望しました。

2023/05/24 09:32 投稿

先輩からの声

就職活動の際にどこに入社しようか迷いましたが、初めて企業訪問に訪れたかが万に入社を決定。とにかくこの世界に飛び込み全力でやってみようと今に至っています。
かが万ではポジションの変更が定期的に行われますが、現在は切りものがメインで盛り付け等も行っています。それ以前は味付けの部分も学ばせていただき、こういう風にお店の味ができるんだと学びが多かったです。
先輩方に質問しても丁寧に教えていただけますし、自分の仕事もしっかりと把握していただいてます。新しい仕事を任せてもらうことも多くなりましたが、「この仕事、お前とやったら楽やろうな」と先輩からの声をもらったことは期待されていると感じて嬉しかったですね。

2023/05/24 09:31 投稿

自ら学ぶ姿勢が大切

将来は独立を目指して働いています。地元が四国なのでそこに戻ってお店を開きたいですね。
かが万はたくさん仕事できる環境ですし、1年目から何でもやらせてくれます。そういう環境だと色々と学ぶことも多いですし、他者よりも成長スピードが多いのではないでしょうか。
自ら仕事を取りに行くことで、より多くを学べますし、それはどこに入社しても一緒です。学生の方々にはそういった姿勢が大切であることを頭の片隅に置いといてください。仕事をしっかりと自分ごとのように考えて、いつか来るチャンスを逃さないように準備してください。

2023/05/24 08:53 投稿

コンクリート打設

K邸の基礎コンクリート打設に立ち会いました。
作業前にスランプ試験を行い、どういった点に気を遣いながら
立ち会わなくてはならないのかを先輩監督から教わりながら作業を行いました。

2023/05/24 01:55 投稿

魚を捌くスピードに驚愕

私が料理に興味を持ち始めたのは高校生のとき。料理好きな友人に影響を受け、この道を志すようになりました。専門学校に進学したのちは、和食店への就職を志望。六盛には職場から至近距離に寮があり、(早起きが苦手な自分でも心配なく頑張れる!)と直感したことが、率直な入社の決め手です。入社してまず驚いたのは、魚を捌く先輩たちの手際のよさ。とにかく早かった!あの時の衝撃は、今なお強烈な記憶として忘れることができません。
また、私は先輩と同部屋だったので、仕事だけでなく生活面でもいろんなことを教えていただきました。気遣いやマナーなど、寮生活の中で身につけたことは、今も役に立っています。

2023/05/30 14:26 投稿

大将の人柄と手桶弁当

高校時代、アルバイト先の飲食店で、はじめてお客様に提供する料理を手がけた時のこと。空になって返ってきたお皿を見た瞬間、何とも言えない喜びを感じたことが、料理の道に進むきっかけとなりました。和食を学びたかったので京都で就職先を探していたところ、先生から六盛を紹介していただき面接へ。大将の人柄の良さと、てをけ弁当に入っていた焼き魚(鰆)のおいしさが印象に残り、ここで頑張りたいと入社を決意しました。故郷を離れてスタートした社会人生活はとにかく不安でいっぱいでしたが、共に寮生活を送る同期の存在、想像以上にアットホームな職場の雰囲気に支えられ、乗り切ることができたと思っています。

大きな出会い

僕が調理の世界に飛び込んだのは本当に偶然でした。スポーツ一筋の生活を高校生まで送っていたのですが、大学に入学するタイミングで大怪我をし、結局スポーツ推薦が破断になったんですよ。ずっとスポーツ一筋で過ごしていたので、いざそれを失うと人生の目標もなくなりますよね。
これからの人生をどうしようかなと思って色々な先輩に相談してみました。そしたら「ホテルのサービスでもして、色々な業種の人と携わって色々な価値観を吸収したらやりたいことが見つかるかもしれないよ」とアドバイスをもらって働き始めたのが始まりです。

フランス料理の魅力

1日目、働き出すと目の前に衝撃が。話には聞いてましたが初めてフランス料理や真っ白なコックコートを着たシェフを目の当たりにしてかっこよさに圧倒されました。「僕がやりたいことはこれだ!」直感的にビビッと来たものがあり、すぐ責任者の方にここで働かせてくださいと直談判。突然そんなことを言うのでかなり驚かれましたが、無事にアルバイトとして採用してもらい、そこから僕の料理の世界がスタートしました。

この世界で上り詰めるためには

包丁も握ったこともない、道具の名前もわからない状況でひとまず働きだします。しばらくすると専門学校卒の新入社員が入社してきますよね。同じ年代なのにみんな包丁の技術だとか一定の知識があるじゃないですか。この人達に勝つにはしっかりと料理の技術を学ばないといけないなと働いたお金で専門学校に入学しました。卒業後は憧れのフランスに行きたいなと。どうせやるならこの世界のトップになりたいという思いを持ってこの世界に飛び込んだわけですよね。高校時代の知人もプロの世界で活躍していることもあり、負けたくない、大きくなりたいなという思いがより湧き出てきました。

海外で働くことの難しさ

いざフランスに行こうと決意しましたが、伝手でようやくオランダで働ける機会を得ました。でもどうしてもフランスで働きたい夢を諦められず、休みをまとめて取って、夜行バスでそのままパリへ向かう日々。各レストランを回って働き口を探すもやっぱり就職先が見つからず苦戦しました。言葉も分からず「ここで働かせてください」と手に書いて周ったこともあります。
そんな中でもフランスに行く際に日本人のコミュニティでは働かないと決めていたので、そこに頼ることはまったくなかったです。休日は高級レストランの従業員入り口を観察して働く人やどんな食材を使っているか、どんな業者が入っているか研究する日々でした。

努力が実を結ぶ瞬間

そうこうしているうちにチャンスが降りてきます。フランスの地方の三ツ星有名店がパリに支店を出すことになって、そこで働く機会を手に入れました。そこのシェフは日本人と働くことが初めてで、「日本人ってこんなによく働くんだ」と気に入ってもらいました。そこでしばらく働いて副料理長にもなり、次のステップへ。シェフへ相談すると三ツ星ホテルに知り合いがいるから紹介してくれると。「明日面接があるから」と、そのまま次の月に入社することになったのがいわゆるラグジュアリーの世界への入り口でした。
その後は有名店から有名店へ、共に仕事している仲間と一緒に移籍したこともありました。

日本へ戻るきっかけ

フランスでの最後は超名門ホテルのNo.2でした。そこは世界中の料理人の憧れの場所で、毎週とんでもないような数の履歴書が届くような場所です。でも、No.1はフランス人しかなれないんですよ。自分のメニューはシェフのメニューとして発表されてしまう。僕の代わりなんて何人もいるんですよね。そんなところに複雑な気持ちはありました。その頃は世界中のレストランから引き抜きの誘いは受けており、そのうちの1つがここです。最終的に入社を決意したのは、なにもないところからその超名門ホテルのようなラグジュアリーブランドを作ること。すごく悩みましたが、自分の経験を活かすチャンスがある場所でチャレンジしようと考えたからです

なにを後世に伝えていくか

いざ日本に帰国し、開業準備でそのまま企画室に入りました。ゼロからのスタートで、レストランの内装や演出、料理の考案はもちろん、食器や社員の教育など立ち上げに必要な仕事は何でもやりました。
現在ではフランスで修行したシェフは何万人もいると思います。その中で自分の経験をどういうふうにこのホテルで発揮していくか、それを後世に引き継いでより良いものにしていくかがこの挑戦の目的なので、これからの行動がいちばん大切なんだと気を引き締めながら日々過ごしています。

世界をつなぐ縁

パリで働いていた頃、ある1人の御婦人が食事に来られ、お食事のお手伝いをしていました。お話を聞くと、2年前に旦那様に先立たれ、久しぶりに1人で旅行に来たと仰られます。なんだか寂しそうだと感じ、ディナーと朝食をご一緒させて貰いました。
日本に戻ってしばらく、ランチの予約をされたグループの中にどこか見覚えのある顔があり、サービスから呼ばれてご挨拶するとあの時の御婦人が当時、僕が渡した名前と住所が書いた紙を持っている。その方は京都に元々住んでいて、フランスで修行したシェフがいるホテルが新しくできたからとわざわざ調べてお越しになったとのことでした。
世界を跨いで縁が繋がったことに感激しましたね。

より高みへ

他にもフランス時代から贔屓にしていただいているお客様がいらっしゃったりもしますし、そんな方とお会いするたびにこのホテルも超名門に早くしたいなという思いが強くなりますね。ここで働きたいという人が大勢来てもらいたいです。そのために個人的に料理の世界的コンクールの日本代表に挑戦しているんですよ。指導面では1人でも多く世界で活躍できる料理人を作ることが僕の目標です。そういった形でレベルを上げていきたいと思ってます。

チームビルディングの大切さ

料理は1人ではできないとフランスで嫌ほど痛感しました。自分たちの組織だけでなく、生産者さんや食器を作る人など様々な人が関わっているからこそ力を発揮できる。そういうことを常に意識してチームビルディングは行っています。
一人一人のモチベーションは必ず違ってきますし、そこを把握することでどんな心境で働いているのかを理解してあげて働きやすい環境を作ってあげることはシェフの仕事で実力なんです。僕の中では料理を作ることと同じぐらいそこを大事にしていますよ。