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2021/08/27 07:55 投稿

横浜市 中間検査

横浜市の現場にて中間検査立会い
境界ポイントについて質問を受けました。
検査に立ち会う事ができ、良い勉強になりました。
特に指摘無く、問題ありませんでした。

2021/08/26 16:24 投稿

ソムリエ・エクセレンス

ソムリエの上級資格であるソムリエ・エクセレンス資格(J.S.A認定)を2020年12月に取得しました。

現在、この資格を京料理界で持つのは私だけです。(2021年8月26日現在)

料理を作るだけでなく、お客様に、至高のワインを日々提案しています。

2021/08/25 00:21 投稿

安心や衛生への配慮も大事な仕事

 印象に残っているのは、老人ホームでの空調機器モーターの交換工事です。ロビーや通路、レストランなどの共有部から客室まで、種類の異なる機械を250台ほど交換していく工事。もとの機械の型番調査、メーカーへの機械発注からはじまり、2~3カ月かけて作業を進めていきました。
 人の目に触れるところでの工事は、安全や衛生に細心の注意を払っています。カラーコーンの設置や、塵やほこりが舞わないよう養生を徹底。なかなかの難工事ではありましたが、お客様が協力的で打ち合わせもスムーズでしたし、入居者の方、従業員の方との会話も楽しかったです。人との触れ合いを通して、みなさんのお役に立てていると実感できた現場でした。

2021/08/23 07:21 投稿

プランの打ち合わせ

昨日、東京小平市の事務所にてお客様と打ち合わせをしました。
あきる野市に住むことになるご夫婦二人のための平家造りの家になります。
パースも作成しお客様にご説明いたしました。
とても喜んで頂き、是非ともこの家をお造りしたいと思いました。

2021/08/21 18:16 投稿

創業当時から休日重視の会社です

設備の配管には、機器番号や系統名、名称を文字書きで表示します。現在はシールが主流ですが昔は手書き。父親が文字屋といって、建築以外にもトラックや看板などに文字を書く仕事をしていたので、私も学校卒業後は父の仕事を手伝うように。その後、塗装や配管にも仕事の幅を広げていきました。

和田社長とは同じ現場を担当することが多く、食事に行ったり遊びに行ったり、以前からプライベートでも交流がありました。ある時、一緒に働かないかと声をかけていただき、和田工業の一員に。休みなく働くことが当たり前の時代に、仕事と休みの区別がしっかりしていたこと、そして何より社長の人柄の良さが入社の決め手となりました。

2021/08/21 09:31 投稿

誕生日

先日、26歳の誕生日を迎えました。
会社の人にお祝いをしてもらいました。
ありがとうございます。

2021/08/21 18:09 投稿

いろんな縁のつながりで入社

 和田工業に入社したのは、前職でお世話になっていた木田さんに声をかけてもらったことがきっかけです。学校卒業後は父が営んでいたタイル屋で働いていたので、建設業には馴染みがありました。また、運送業界で働いていた時に空調資材を扱っていたため、配管工事などなんとなく身近に感じることができ、やってみようと思いました。

設備工事はゼロからのスタート。同年代もいなかったので、はじめは(やっていけるかな?)という不安も大きかったです。でも、仕事は丁寧に教えてもらえましたし、ご飯に誘っていただくなど交流も多かったので、すぐにその不安はなくなりました。自分のことを会社の一員として受け入れた社長に感謝しています。

2021/08/19 19:47 投稿

日本料理と御幸荘を選んだ理由

子供の頃から台所に立つことが好きで、よく母の料理を手伝っていました。高校生になって進路を考えた際、好きな料理を勉強してみようと思い専門学校へ進学。はじめは中華料理に興味を持っていましたが、アルバイト先の先輩から「日本人だし、和食を学んでみては?」とアドバイスをもらい、日本料理の道にすすむことを決めました。
御幸荘に入社したのは、職場見学の際、調理場の雰囲気がいいなと思ったからです。料理長が、「将来はどんな料理人になりたいの?」と聞いて下さり、自分にしっかり向き合ってくれたことが嬉しかった。同じ学校の先輩が活躍していたことも心強く、入社を決めました。

2021/08/20 16:34 投稿

料理長が直々に指導してくれます

はじめは漬物や赤だしの盛り方を一から教えてもらい、洗い物などは自分から率先してやっていました。二年ほどは煮方の手伝いや、切りもの、先輩の手伝いが主な仕事。今はお造りの板場をメインで任されています。
普段、厳しく指導されることは少ないですが、盛り付けや刺身の切り方についてはお叱りを受けることも。その都度、何がいけなくてどうすればよいか、料理長みずから教えて下さるので、とても勉強になります。うまくできたときは、「これ、いい感じにかわいく盛れてるな」と、褒めていただけるので、嬉しいですね。さらに上達できるよう、本や動画サイトを見ながら勉強しています。

2021/08/19 19:48 投稿

休日はアウトレットで気分転換

調理場は3つの部署に分かれていて、常時7人~10人ほどの人が仕事をしています。各自担当はあっても、一連の流れの中で細かいことまでは決まっていません。仕事がスムーズに進むよう、出来るだけ周りの動きを予測して動くことを心がけています。
社会人になりたての頃は、慣れない早起きなど正直つらかったですね(笑) 休みの日は近くのにぎやかなアウトレットに行って、よく気分転換をしていました。みなさんもはじめはしんどいかもしれませんが、どこで働いてもそれはきっと同じ。御幸荘は他の旅館にくらべて料理のレベルが高いと思うので、腕を磨きたい人にはおすすめです。私も将来は自分の店を持つことを目標に頑張ります。

2021/08/19 19:31 投稿

向井理に憧れて料理人の道へ

私が料理人を目指したのは、「ハングリー!」というフレンチシェフのドラマがきっかけです。当時高校3年生、夕方の再放送枠でこのドラマを知り、「俺もフレンチシェフになろう!」とスイッチが入りました。その後専門学校で様々な料理を学ぶにつれ、ソースの味付けに頼るフレンチ(あくまでも個人的な考えです)より、和食の奥深さに関心が向くように。せっかくなら一番厳しそうな日本料理で力をつけたいと考えるようになりました。
御幸荘には「有馬温泉の旅館?絶対厳しいに違いない、行っちゃえ!」という勢いで応募。面接では社長がつききりで案内して下さり「いつでもおいで」と、ひと言。気持ちを固めて入社を決意しました。

2021/08/19 19:32 投稿

自分は親方の子供と思っています

今はみそ汁や味付けの勉強をしています。5年でできる事は増えたものの、味についてはまだまだ経験不足。万人に合う味を探求することはとても難しいですが、ここまで来てようやく「日本料理を選んでよかったな」と思えるようになりました。自分の店を持つという夢にもリアリティが出て、毎日が充実しています。
親方は常に料理のことを考えている人。勉強熱心で料理長室は本だらけ。高額な料理本も、気に入ったページが一枚あれば購入するそうです。僕には到底真似ができません(笑) 毎日朝から調理場に入られていますし、聞けば何でも教えてくれる。この人について行こうと思える親方に出会たことが、自分にとっては何よりの幸運です。

2021/08/19 19:34 投稿

和食キャラを演じていました

日本料理は厳しいという思い込みのもと、初めは寡黙で真面目な和食キャラを演じていました(笑)。丸刈り、率先して走り回る… もともと自分は大阪天満の育ち。口から生まれた子と言われるような人間なんです。さすがにやりすぎて、90キロの体重が二カ月で65キロに。そのあと後輩が入ってきたんですが、なんと坊主じゃないんですよ(笑)そこでようやく、(ちょっと力抜こう)と気持ちが楽になりました。
猪突猛進できましたが、ある時親方に「自発的にやってきた者と、やってこなかった者では、山の裾野の大きさが違う。裾野が大きくないと山は大きくならない」と言っていただいたことが心の支えに。この言葉はずっと大切にしていきます。

2021/08/17 18:13 投稿

下半期の実行計画を作成

本日は、設計部・工事部・横浜事務所の3つの部門に分かれて、今年の下半期の実行計画を作成しました。
「誰でも使いやすい横浜事務所」を目指して実行計画書を作りました。

2021/08/10 16:30 投稿

頼りになる施工管理として成長したい

最初の頃は業者さんや職人さんが、誰が誰かわからなくて焦ることもしょっちゅうあったのですが、日々職人さんと顔を合わせて連絡事項を伝えていると、ちょっとしたことでも声を掛けてくれるので、現場はとても雰囲気がいいです。
今はまだ一つの仕事しか目に入らないことが多いのですが、所長や先輩のように視野を広く全体を見据えた管理を行うことが目標です。そして、職人さんからも後輩からも頼られる存在になれるよう成長したいと思います。

2021/08/06 14:39 投稿

30歳からの大冒険

私が建築の仕事をはじめたのは30歳の時。以前はジュエリーの小売業で働いていました。もともと空間演出を考えることが好きだったのですが、ある時、自分の家を自分で建ててみたいと思うようになり、転職を決意。不安を抱えながら未経験からスタートし、設計アシスタント、CADオペレーターの経験を積みました。
ダイシンビルドを知ったのはホームページがきっかけです。私自身、雪の多い地域で生まれ育ったこともあり、高断熱・高気密の住宅に意義を感じていました。また、面接での社長の思いや、会社が目指すビジョンに共感。少人数の工務店で現場にも関わることができ、幅広い経験が積めることも勉強になると思い入社を決めました。

2021/08/06 14:38 投稿

お施主様と喜び合える瞬間が最高

現在着工中の現場は、ダイシンビルドに入社して初めて一から担当した現場です。社長と外注の設計士さんと一緒に、一年ほど前から仕事を進めてきました。お施主様と行った打ち合わせは、20回以上。広い土地にすごくカッコいい平屋建ての家が、間もなく完成する予定です。
最後の最後まで悩んで決めた焼杉の外壁が、これまた最高に素敵なんですよ。お施主様が一目見て、「めっちゃ、カッコイイ!」とおっしゃったひと言が、とても印象に残っています。悩みながら、時にはいろんな感情を味わいながら手掛けた家が、形になる。おもしろく味わいのある仕事だと思います。

2021/08/06 14:37 投稿

技術以上に大切なこと

設計は図面を描くデスクワーク、と言われることがありますが、私はできるだけ現場をみるようにしています。一本の線を描くにも、実際の現場をみて、どんな施工をするのかイメージする。その工程を踏まえることで、大工さんや現場監督さんとのやり取り、工事の進み具合がスムーズになると思うからです
家を建てる過程では、たくさんの人とのかかわりがあります。そこで大切になるのは人と人とのつながり。どんなに技術力があっても、相手の立場を思いやる気持ちがなければ、この業界で仕事を続けることはできません。みなさんも入社してしばらくは緊張の日々だと思いますが、周りの先輩を頼りながら、いい人間関係を築いていってくださいね。

2021/08/06 14:25 投稿

大工歴20年以上の新入社員です

父親が大工で、子供の頃は現場が遊び場でした。学生になると仕事を手伝うようになり、そのまま建築の道へ。学校卒業後、伝統的な大工技術を身につけるため、4年間四国の木造住宅をつくる工務店で修行を積みました。
24歳の時、大阪に帰ってきて独立。当時は大工工事の簡略化が進んでおり、なかなか新規の仕事がとれない日々。大工としてだけでなく、個人事業主としていかに効率よく精度の高い仕事をするか、学びを重ねた時期でもありました。
時を同じくして、ダイシンビルドとのお付き合いがスタート。このたび社長から新しい人材の育成を託され、今年から社員となりました。高気密・高断熱住宅の施工歴20年の新入社員です(笑)

2021/08/06 14:24 投稿

日本でも指折りの大工!

ダイシンビルドの高気密・高断熱住宅を手掛けて20年になります。四国で木造の修行を積んだこともあり、当初から施工の中心的役割を任せていただきました。
高気密・高断熱住宅の施工には、非常に複雑なルールがあります。説明を受けて、それを現場の施工に落とし込んでいくのですが、当時はほとんど前例がなく、何が正解かわからない状態。ただただ悩みながら、試行錯誤を繰り返し、施工マニュアルを作り上げていきました。
高気密・高断熱住宅を手掛ける大工はたくさんいますが、理論から理解し応用のきく家づくりができる大工はほんの一握りしかいません。手前味噌で恐縮ですが、その中でも私のレベルは、かなり上の方だと思います(笑)